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ドイツ空軍のエース。強力な火力、爆撃力を持った戦闘機。ボーイングB-17を多く撃墜した。しかし、高高度では、ダイムラーベンツBfに首座を譲った。
フォッケウルフ


ロンドン王立戦争博物館にて

マスタングP51はイギリスのロールスロイス社製エンジンを搭載すると、世界最速の戦闘機に生まれ変わった。しかし、米兵は華奢なマスタングより、頑丈で、打たれても命だけは助かるドン臭いP47に乗りたがった。
マスタング(後方)とウルフ


ロンドン王立戦争博物館にて

ウルフ翼面。


技術のドイツ、量産のアメリカ。勝敗は如何に。

単独での性能は、ドイツ戦車にはかなわなかった。
「シャーマン」米陸軍主力戦車。


いくらアメリカの脅威に対抗するためとはいえ、ファシスト、ヒトラーと手を組んだのは、日本政府、近衛首相の失政だった。挙句の果てに、責任を一身に背負わされた東条首相はかわいそうだ。また、日本は軍事政権だったが、ファシストではなかった。事実、東条首相は戦争中に政治責任を取って更迭されている。曲がりなりにも日本は民主国家だったのだ。ヒトラーと手を組んだからといって、アメリカ人にイギリス人に非難されるのは筋違いだ。彼らも独裁国家、スターリンと手を組んだのだから。

英霊に低頭。合掌。俺の母の兄さんが二人、伯母の兄さんが二人、妹の嫁ぎ先の祖父もここに写真が飾ってある、毎日、宮司さんが鎮魂の祭事をしてくれている。
靖国神社。


民主党 羽田元総理をはじめとする、「みんなで靖国神社に参拝する会」にエールを送りたい。

戦争末期の機体。開戦当初に開発された1000馬力しかないエンジンを搭載していたため、速度面で米軍機に劣ったが、さすがに抜群の旋回性能で、パイロットの腕が良ければ、米軍機と対等以上に戦った。しかし、優秀な熟練パイロットは既に戦死しており、新兵が乗ってはいくら旋回性能が世界一と言っても複数で襲い掛かってくる米軍機に対抗するのは至難の業だった。ただ、唯一の救いは、この機がボーイング爆撃の迎撃に参加し、数十機を撃墜しており、この戦果のおかげて助かった婦女が多数いたことだ。空の下の子供、婦人、老人を命がけで守ったのである。
零式艦上戦闘機52型  三菱重工業社製


靖国神社博物館にて

ゼロ戦、正面。


光の反射で中が良く見えないのが残念。

艦上爆撃機 彗星 は、長大な航続力を持ち、高速で飛行し、急降下爆撃を得意とした。戦争中期以降の主力艦爆となる。しかし、時、既に遅く、空母がなかった。空母がなければ艦爆は只の飾りでしかなかった。東条首相と昭和天皇は開戦当初からこの戦争に勝ちはない、と解っていたが、日本民族の誇りと名誉と為、そして戦後の日本人の名誉のために開戦を決断したのだ。
艦上爆撃機 彗星


靖国博物館にて

浮沈戦艦と呼ばれた世界最大の「大和」型戦艦の二番艦。レイテ沖海戦で、米空母艦載機の攻撃を受け、魚雷20発を被弾し、行動不能になり、幹部を除く乗組員は総員退艦。その後、夜になっても人気のない武蔵はしばらく浮いていた。浮沈艦と言えば、しばらく前に中曽根元首相が「日本は米国が保有する最大の不沈空母だ。」と発言したのが思い起こされる。それは氏、一流の巧みな外交戦術だったのだ。彼ほどの人物が本気で祖国をアメリカの防衛の為の前線基地とだけ位置づけていたとは考えられない。中曽根首相を軍艦マーチで出迎えた米国政府も、彼が元海軍士官だたことを重々承知の上での巧みな外交戦術だったのだ。ジュリア曰く、「外交とは、血を流さない戦争である。」
戦艦 武蔵


靖国博物館にて

千歳空港。日本の植民地、北海道最大の軍民共用の飛行場。ちなみに戦後の日露国境の決定は、1944年にスターリンとルーズベルトの間で南樺太、及び千島列島(北方四島を含む)は、永久にロシア領とすることが取り決められた。それに基づいてロシア人は温かい南樺太、と千島列島に移住し、安住の地を確保したのだ。今更、出て行ってくれと言われても、それは約束を破ることだし、もう既に多くのロシア人の生活の場になっているのだ。
YS-11


雪のYS

もし日本が本気で航空機産業の育成を図って、国産飛行機の生産計画を立てたらどうなるだろうか?東京大空襲で有名なボーイング社は、多大な損害を被り、そうなれば大統領の選挙での落選は確実だろう。となると、米国大統領が日本の民間航空機開発を許すはずがないではないか。大統領命令で、官邸に開発停止の命令が下されるだろう。それを拒否するには、日本が正式に軍隊を整備し、万一の事態にはアメリカなしに、独自に防衛が出来るようになった時だけだろう。それは韓国や、台湾、フィリピン、タイ王国やベトナムのように正規軍を持ち、いざという時は国軍で防衛できる実践的整備が整うということである。言い換えれば、人並みになる、ということである。だが、今は自衛隊は実践訓練もろくにしておらず、米国の51番目の州として、米国に守ってもらうより他はない、言ってみればまだ子供なのである。早く、韓国や台湾、フィリピン並みの大人の国になることを願わずにはいられない。
YS-11


着陸時。フラップ全開、エンジンアイドル、効果速度良し!

全日空版です。今は当然全日空は使っていません。


YS-11 メタル模型

エノラゲイの実機である。本物のエノラゲイだ。そして、このエノラゲイの生んだリトルボーイは、広島で偉大な業績を残した。この偉大な業績を讃えてこの機に機長の母親の名、エノラゲイの名が冠せられた。エノラゲイとリトルボーイは、今尚、米国民のヒーローであり、英雄である。だから、米国民はエノラゲイの偉大な功績を讃え、リトルボーイのペンダントを誇らしげに飾って歩くのである。リトルボーイの偉大なる業績に乾杯!リトルボーイを産んだ米国民に栄光あれ!
エノラゲイ(ボーイング社製 1945年製造)


2003年夏に開かれた航空博覧会にて

この、リトルボーイ、可愛い坊やは、良く頑張って世界平和の為に働いた。この子はボーイング社の作った「エノラゲイ」の子供である。この少年の可愛い活躍は、はだしのゲン、 や、広島市リトルボーイ記念館で詳細に見ることができる。
また、科学的データは残念ながら日本にはない。占領されていたのでこの子の実績はアメリカ政府機密機関の資料室にある。敗戦後、真っ先に広島に行って詳細に調査したが、その結果報告書は米国政府の重要機密事項であり、日本には一切公開されていない。
広島に落とされたウラニウム型原爆。


通称 リトルボーイ

1/144 プリ塗装模型
1000馬力エンジンです。三菱重工社製。


零式艦上戦闘機22型

陸軍初の2000馬力級エンジンを搭載。日本に本格的に実戦配備された機の中では最高傑作機と言われている。速度、運動性、武装、防御、共に優れ、まさに大東亜決戦機の名に恥じない実力だ。フィリピン、中国戦線で主に活躍した。「疾風を見たら逃げろ」と恐れられた。しかし大部分は本土決戦用に温存されたたま終戦を迎えた。
陸軍 四式戦 疾風 富士重工社製


1/100 プラモデル

雷電は次期主力制空戦闘機、烈風に優先して開発された。爆撃機用のエンジンを搭載し、尚且つ先端の空力を良くするために絞りこんだので、独特のフォルムを持つことになった。20o機関砲4門を搭載。翼面積が比較的小さいのが第二の特色でもある。
海軍 局地戦闘機 雷電 三菱重工社製


迎撃戦闘機 雷電 1/100

ゼロ戦の後継機。烈風。ただし、海軍が烈風より雷電の開発を優先させたため、試作機が作られただけで敗戦を迎えた。艦上機としてゼロ戦の2倍の馬力のエンジンを搭載した。極端に翼面が広いのは、それだけ格闘戦、旋回性能を重視したためだ。
艦上戦闘機 烈風 三菱重工社製


ミニプラモデル 烈風

零戦の堀越技師の設計。艦上戦闘機 烈風 の兄弟機。
敵がF6Fなどの2000馬力級のエンジンを搭載した戦闘機を早々と送り出したのに対して、日本海軍は零戦にたよってしまって後継機の開発に遅れた。戦争後期になって、やっとこの雷電や、紫電改などの2000馬力級のエンジンを搭載した飛行機が登場した。エンジンの先端には強制冷却ファンを搭載しており、高音のエンジン音だった。戦争末期に源田 実 率いる松山航空隊が、F6Fなどの米軍戦闘機をメチャクチャに打ち落とし、損害ゼロだったのは有名な逸話。


三菱 迎撃戦闘機 雷電 1/144

1/144 プリ塗装
三菱重工社製。昭和15年、1940年正式採用。エンジン、ハ‐112型(出力1500HP)*2 最高速度は時速630km 無武装 「我に追いつく敵機なし」は有名な言葉。
日本軍機の中で、最も洗練されたスタイルの機の一つ。


百式司令部偵察機V型

長距離護衛戦闘機として開発されたが、主に初期には対地上攻撃に用いられた。
海軍の月光より一回り小さく、実用的。初期には南方で活躍した。総生産機数1690機。後期はボーイング爆撃機の迎撃に活躍した。


川崎重工 二式複座戦闘機 屠龍 1/144

当初は長距離護衛戦闘機として開発されたが、対戦中期から重爆撃機迎撃に活躍した。
富士重工社製。(旧中島飛行機)長距離支援戦闘機。航続距離、2,600q。海戦当初は主に偵察機として使用されたが、中期からは重爆撃機迎撃に活躍した。屠龍より、一回り大きい。


富士重工 夜間戦闘機 月光 1/144

プリ塗装タイプ
乗員 2名  最大速度 507km/h  航続距離 2,545km   固定武装 20mm機関砲×4  


富士重工 夜間戦闘機 月光 1/144

艦上爆撃機 彗星 を改良したもの。
零戦などより、一回り大きい。終戦間際、超大型航空潜水艦、伊-400に搭載され、パナマ運河を爆撃破壊する予定だった。航行途上、終戦を迎えた。最高速度、475km/h。航続距離2000km。兵装、航空魚雷*1 または800kg爆弾*1+7.7mm機銃*3 乗員2名。


愛知社製 水上攻撃機 晴嵐 1/144

零式戦と同時期。典型的重戦闘機。航続距離が極端に短かった。
零式戦が登場する時期の期待。初期型だ。7.7o機銃を搭載している。ライバルのスピットファイアの旋回性能の良さに苦戦した。


メッサーシュミット Bf109E

初期の双発エンジンの長距離護衛戦闘機。
性能面では、コメントできないが、双発エンジン搭載の長距離護衛戦闘機というのは異色だ。1939年初めに部隊配備が始まった。最高速度550km/h(高度7,000m)、エンジン、ベンツ DB601B-1 液冷倒立V型12気筒 1,475馬力×2基、兵装、37mm機関砲×2、20mm機関砲×2、7.92mm機銃(後方旋回)×2


メッサーシュミットBf110c 1/144

ドイツ空軍の主力戦闘機。
エンジン メルセデスベンツDB605A 1,475hp  最大速度 640km/h 武装 20mm機関砲×1 13mm機銃×2(ゴンドラ式20mm機関砲×2)


メッサーシュミット Bf109G

ドイツ空軍の双璧、フォッケウルフ初期型。
ドイツにしてはめずらしく、空冷エンジン(BMW社製)を搭載。強力な火力と俊敏な運動性で評価が高かった。メッサーシュミットと並ぶ、ドイツ空軍を代表する主力戦闘機。Meが高高度性能で優れていたのに対し、Fwは中低高度戦を得意とした。


フォッケウルフ社製 Fw190 A型 (完全自己塗装)  1/144

何と、あの米軍に恐れられたウルフは、開発当初はBF109の補完機だった。
個人的にはこのタイプ、A型が好きだ。


フォッケウルフ社製 Fw190 A型 (プリ塗装タイプ)  1/144

空冷エンジンを液冷エンジンに換装。
高高度性能の向上を狙ったものといわれている。
エンジン:ユンカースJumo213A-1(出力1,770hp)
武装:MG131/13mm機関銃×2(機首に2挺)
・MG151/20mm機関砲×2(両翼)
・最大速度:686km/h・航続距離:810km


Fw190D型(ドーラ)

ドイツ後期最高傑作機。
高高度性能にすぐれ、Me262シュバルツの護衛をすることが多かった。いかにもドイツ人らしく、プロペラ軸内に30o機関砲を搭載。両翼には20o機関砲を搭載。最高速度750km/h。


フォッケウルフ Ta152H 1/144

ドイツ迎撃ジェット戦闘機
ヒトラーが爆撃機型開発を優先したために、実戦配備が遅れたと言われている。1943.11初飛行。世界初の双発ジェット戦闘機。最高速度870km/h。30o機関砲4門を搭載し、ボーイング爆撃を多数撃墜した。機体設計は大変高く評価されており、後退翼といい、速度といい、この機を凌ぐ機は、後のMig19とF86セーバーの登場までなかったといわれる。日本でも同型の橘花が作られた。


メッサーシュミットMe262 シュバルベ 1/144

メッサーシュミット中期の代表量産タイプ。
ダイムラーベンツDB501E(出力1,300hp)×1
武装:MG151/20mm機関砲×1(プロペラ軸内)
  MG17/7.92mm機関銃×2(機首)
  最大速度:630km/h



メッサーシュミットBf109F 1/100

ドイツを代表する戦闘爆撃機  1/100
エンジン:空冷 BMW801D-2(出力1,700hp)×1
武装:MG131/13mm機関銃×2(機首に2挺)
MG151/20mm機関砲×4(両翼に2挺づつ)
最大速度:640km/h
航続距離:1,450km(300リッター増漕)


フォッケウルフ Fw190A

グラマン社最後の軍用機。そして世界最強、F15イーグルに勝てる戦闘機。
グラマン社の開発した制空専用戦闘機。超長距離ミサイルを搭載。制空性能はF15イーグルを凌ぐ。また、可変翼の為、低速の安定性と高速性を兼ね備えた1990年代を代表する、世界最強のNo.1戦闘機。しかし、現在は冷戦の終焉で、制空任務が必要なくなり、次第に単価の安いF18ホーネット戦闘攻撃機に切り替えられている。今は制空より、攻撃能力が必要とされている。


F14Tom_Cat 艦上のドラ猫 1/144

現在日本はイージズ護衛艦を4隻配備している。
イージス艦は凄い!驚愕の10.000トン巡洋艦だ!いわば、浮かぶレーダー搭載CPUだ!!主レーダーの他にもレーダー類が何個もついている!!しかも、推進力が、型舷に被弾してももう一方で推力が出せる設計で、直進性補助翼付き、舵も二枚ある。ジュリアを驚愕させた性能だ!!凄すぎる!!


イージス護衛艦 こんごう 1/700

沖縄砲撃作戦は、「これが作戦といえるのですか?」(海軍 伊藤中将)と言わせた、事実上の特攻だった。勝ち目なしの日本が、日本人の威信と尊厳を戦後に伝えるためだけに出撃し、最後は弾薬庫誘爆で船体が真っ二つに折れて轟沈した。司令、艦長、戦死。しかし、陽炎型駆逐艦、雪風だけは奇跡的に生き残った。
戦艦 大和


ビッグワンガムの付録のプラモデル

戦艦 大和 沖縄特攻時に同行。沈没。
陽炎型駆逐艦。日本の主力水雷艇駆逐艦だ。菊水特攻作戦で、戦艦大和、巡洋艦矢萩らと共に出撃し、沈没した。


駆逐艦 浜風 1/700

艦橋前部に丸い飛行機格納筒と、カタパルトがあるのが解る。
日本の潜水艦は優秀だったらしく、ドイツのUボートが小型だったのに対し、伊号潜水艦は大型潜水艦で、戦後、その技術が米軍の潜水艦設計の基礎になったと言われている。潜水艦に飛行機を搭載するとゆう発想と、それを実現してしまう日本人は、なんと愉快ではないか!!


伊-21 潜水艦 1/900



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