旅行記のページ(画像付き)

2000

ロシア、ウラジオストクのデパート前
僕は、学生時代に読んだ本の影響で、(「優しいサヨクのための喜遊曲」)ロシア人に対しては何となく優越感を感じている。ついついロシア人のことをロ介などと呼んでしまいたくなる。先方は、日本人のことをヤポンスケと呼んでいるのだからまぁ、いいだろう。ただし、ヤポンスケは、ロシア語で、正式な「日本人」という意味である。新潟空港から浦塩までたったの1時間である。飛行機はアエロフロートの旧式機で、やっぱりロ介の飛行機だなぁ、これならYS-11の方がよっぽど上等なのは、偽らざる事実である。機内で出会った日本語バリバリのロシア人女性はとっても親切で、日本人の男性と結婚していて、キャビアの食べ方や、故郷のナホトカの話などをしてくれた。機内のスッチーはおばさんだったけど、とっても上機嫌で給仕をしてくれた。やはりロシア人は、いや、シベリア人は日本人の良き隣人なのだ。



2000

正面奥にウラジオストク駅が見える。その左には、ロシア太平洋艦隊司令部がある。
ロシアの料理はまずい。ボルシチも、ピロシキもまずくて食べられない。うまいのはチョールナヤイークラ(キャビア)くらいだろうか?もしもピロシキの中身が只のひき肉で、塩もコショウも何にも味が付いてないとしたら、あなたはそれを全部食べられますか?僕は食べられない。レストランでも、じゃがいもや、サラダなどをたのんで食べていた。それと必需品のカロリーメイトだ。ロシアの車はみんな日本車の中古車だった。デパートは暗くて陳列も今ひとつだ。子供がギブミーチョコレートをやって、大人に恥ずかしいことをするな!ってしかられてる。物乞いも多い。そんななかで、印象に残ったのは、目を開いているけど、一点をみつめでボーっと、放心状態で物乞いをしている美少女だった。僕はその美しさに1ルーブリをカンパした。彼女はありがとうも言えず、放心状態のままだった。



2000

カフェの主の娘。周りの人たちは、モデル、モデルとはやしたてた。
シベリアはもともとアジア人の土地だった。ロシアが侵略した訳だが、そこにはまとまった国家が無かったため、それは進出であって、侵略とは呼べないだろう。大きな声では言えないが、モスクワとシベリアは遠すぎる。シベリアに住むロシア人のかなりの数が、シベリアの独立を希望しているらしい。それには日本、中国の援助が必須条件だ。しかし、それはモスクワが許さないだろう。僕はロシア人と親睦を深めたかった。そのために5,6千円の出費は惜しまない。ロシアを好きになる方法の第一として、ホテルのフロントの軍人にマルボロを渡して、若くて美しい女性の特別なマッサージを頼んだ。そして、僕らはロシア人の若くて美しい女性に特別なマッサージをしてもらって、交流を深めた。僕についたロシア人女性はとても女性的で優しかった。友達ははずれをつかまされたようだったが.......今度はハバロフスクに行ってみたい。いつか!!!





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